いつものように道に迷っていました。
手には、目的地までの道順を記した地図を印刷した紙が。
が、その地図と、今見えている景色を合わせることができない。
印刷した紙をぐるぐる回して、景色と合せようと奮闘。
しかしわからない。

そこで信号待ちをしていた男性に声を掛けました。
「この通りは〇〇通りですか?」と。
すると「最近就職で東京に出て来たばかりで、よくわからないんです」との答えが。
見れば、スーツがまだしっくりきていないような若い男性。
時は春。
社会人になったばかりのフレッシュマンの模様。
「そうでしたか。それは失礼しました」と私は言い、歩き出します。
が、地図をどれだけ回しても、見えている景色と一致しない。
どうしたもんかと思っていると、「よかったら」と背後から声が。
振り返ると、先ほどのフレッシュマンが胸ポケットからスマホを取り出し「探しましょうか?」と言ってくれます。
私の手元の地図を覗き込み「そこに書いてある住所に行きたいんですか?」と聞いてきたので、「そうですそうです、そうなんです」と私は答えました。
フレッシュマンは地図のアプリを開き、住所を入力すると「あっちのようですね」と言い、「僕もあっち方向なので、途中まで一緒に行きましょう」と提案。
二人並んで横断歩道を渡り、オフィス街を進みます。
しばらくしてフレッシュマンは足を止めました。
「僕はここなんですが、そこの角を右に曲がったら左にあるみたいです」と説明をしてくれました。
私は「ご親切にしていただきまして、どうも有り難うございました」と感謝の言葉を口にして、頭を下げました。
フレッシュマンは「いえいえ」と言って、ビルの中へと入っていきました。
見上げれば、そのビルは某大手企業の本社ビル。
大丈夫、君ならきっと出世する、と勝手に彼の未来予想をして歩き出しました。
これまでたくさん道に迷い、その度にたくさんの人に助けて貰いました。
そうしたなかでフレッシュマンが心に残ったのは、自分は知らないながらも、困ってるようだから調べてあげようと思ってくれたことが、驚きでしたし嬉しかったから。
彼がスマホを操作しだした時、そうか、その手があったかと自分のバッグに入っているスマホの存在を思い出しましたが、ここはやはり「そういうものは持っていませんの、私」という体の方がいいだろうと判断するような小狡い自分には目を瞑り、彼の優しさにただ浸りました。
食器の整理はどうしていますか?
どんどん食器が増えていくので困っています。
当初は貰ったコーヒーカップセットを愛用していました。
来客時にはそこにコーヒーを淹れて、出していました。
暑くなってきた時、アイスコーヒーの方がよかろうと考えグラスを購入しました。
ある日、ドリップ式のコーヒーメーカーからエスプレッソマシンへとチェンジしました。
その時私の中で「やっぱりエスプレッソの方が美味しいんじゃね?」という思いが強かったのです。
それまで使用していた貰い物のコーヒーカップは、やや薄く繊細で、コーヒーでも紅茶でもどっちでもいけるぐらいのタイプでした。
これにエスプレッソはどうも合いません。
またダブルのボタンを押したとしても、その抽出量は少なく、カップの半分にも満たないぐらい。
そこで、厚みがあって、小さなエスプレッソ用として売られているカップを5客購入。
ダブル用のも同じブランドショップで5客購入しました。

しかし毎日毎日エスプレッソマシンのお手入れをするのがメンドーになってしまい、カプセル式のコーヒーメーカーにチェンジ。
これで毎日のお手入れから卒業し、簡単になるわ~などと喜んでいたのも束の間、抽出量がそれまでのと違うことが判明。
ブレンドコーヒーを選択し、貰ったコーヒーカップに入れると六割程度の量になる。
これをゲストに出したとすると、上品とは思われず、ケチだなと思われるぐらいの中途半端な量。
でもカプセルを2つにしてしまうと、カップからは溢れてしまう。
またこのマシンではココアや抹茶ラテなど、たくさんの種類のドリンクが作れるのですが、こうしたメニューを選択すると、もっているカップでは小さ過ぎて溢れてしまう。
マシンを買う前に抽出量について調べておくべきでしたね。
でも私はそこまで頭が回らない。
しょうがないので、ブレンドコーヒーの抽出量に合うサイズのカップ5客と、ココアなどのほかのメニューで合うサイズのカップを5客購入。
こうしてどんどん食器は増えていく。
割れてもいないのに捨てるなんて勿体ないけど、売るとしたら、買ってくれる相手に送るためにどうやって梱包していいのかわからない。
どうしたらいいいのだろうと、途方に暮れて食器棚を眺める12月。
今年もなにもせず放置したままだったと後悔する12月。
来年こそは整理をしようと心に誓う12月。
でもきっと来年また同じことを思うだろうなと、すでに諦めている12月。
12月は思うことがたくさんあります。
午前10時。
ふと、自分の手の爪を見ます。
切る段階ではないと判断。
同日午後4時。
ふと、自分の手の爪を見ます。
切らなきゃと判断を下し、切る。
こんなことがしょっちゅうあります。
6時間の間に一体なにがあったのか。
午前中はこの爪の長さでOKと思ったのに、夕方になると長過ぎるので切らなきゃと思うのです。
私の爪は午前中はおとなしくしていて、午後になるとぐいんと一気に伸びるのでしょうか?
それとも午前中の私の判断は甘目で、午後になると急に厳しくなるのでしょうか。
謎です。
二十代の頃はマニキュアをして、爪の手入れにとても熱心だった友人たちも、やがてそうしたことから卒業しました。
それから幾年月。
子育てにひと段落したり、家事のやりくりが上手になったりした友人たちが、再び爪のオシャレを楽しみだしました。
手は齢を重ねたため、昔より逞しくなっています。
以前のような淡い色のマニキュアでは、バランスが取れない。
そこで、真っ赤な爪にする人が多いようです。
先日、五人の女友達と会食をしたのですが、私以外の全員が真っ赤なマニキュアをしていました。
他のテーブルの人たちから見たら、それがどんな景色だったのかはわかりませんが、私の目にはオシャレをまた楽しもうとしている友人たちが格好良く映りました。

淡い色のマニキュアは似合わなくなり、華奢な指輪やネックレスも似合わなくなりましたが、今だからこそ似合うというものもあります。
それにトライし、楽しむ気持ちがあるのは大事ですよね。
人生を素敵にしてくれるように思います。
小説を書く時、登場人物に方言を言わせるか、言わせないかで迷うことがあります。
言わせるならどの程度にするか・・・この判断はとても難しいです。
リアルさを追求すると、その土地以外の人には理解できなくなってしまいますから、匙加減が大切になります。
またその人物の年齢や生い立ち、個性などによって使い分けることも必要になります。
ずっとその土地で暮らしてきた年配の人は多めに、そこで生まれたけれど今は都心で暮らしているといった場合は、軽めにといった配慮をします。
以前ある地方へ行った時のこと。
1人でタクシーに乗ると、運転手さんが話し掛けてきました。
それがなにを言っているのか、まったくわからない。
方言バリバリで外国語並みに、単語ひとつ聞き取れない。
単語がわからないと推理すらできない。
そこで「はい?」と聞き返し、もう一度言ってもらうことに。
と、聞こえてきたのは、やはり耳慣れない音の連続。
それの元は本当に日本語でしょうか? と聞きたいぐらい。

困った私は「ちょっと(あなたの方言が)わかりません」と答えました。
途端に車内には気まずい空気が。
外国語に変換してくれるスマホのアプリがあるらしいのですが、その時の私が望んでいたのは、日本各地の方言を変換してくれるアプリ。
すでにありますか? 私が知らないだけでしょうか。
あまりに気まずくて車窓に顔を向けると、遠くに山が。
「あれはなんていう山ですか?」と私は尋ねました。
その場の空気をなごませたいとの思いからの発言です。
すると運転手さんは、首をほんの少しだけ左に向けるとすぐに戻して「知らん」とひと言。
あっ、それは聞き取れたと喜んだのも束の間、知らないっちゅうのはどういうことだろうとの思いが湧き上がって来ました。
たまに東京でタクシーに乗って行き先を告げると「運転手になって5日目で、まだちょっとわからないもんで、カーナビ使っていいですか?」なんて言われることがあります。
それじゃあまだわからないよなぁと思い「どうぞどうぞ」と私は言います。
が、この運転手さんはバリバリの方言からして明らかに地元っぽい。
運転席には球が並ぶシートクッションが置かれていて、それを留めるゴムが背もたれの背後に回されているのですが、そのゴムの伸び具合が、使用されてからの年月を語っています。
昨日今日運転手になったのではないと思えるのです。
それなのに山の名前を知らないなんて・・・方言を理解できなかった私への報復でしょうか。
それとも「ここらじゃあんなもんそこらにあっから、名前なんてよー付けんわ」といった地元ならではの理由があるのでしょうか。
それからどうしたって?
目的地に着くまでの15分あまり、私はひたすら静寂を噛み締めました。