遅刻

  • 2020年06月15日

昔、朝に物凄く機嫌が悪そうな人というのがいました。
その人数は多く、また女性の方が多かったように記憶しています。

どうしたの? と聞くと、「低血圧なので」と回答。
それですべてわかるだろ的なコメントです。
低血圧だから朝、不機嫌でいても許せといった無理筋が、まかり通っていた時代がありました。
今はどうなんでしょう?
そんな理由で周囲にも嫌な気を撒き散らす人って、今も存在してますか?

そういえば中学・高校の頃には、毎朝遅刻する子たちがいましたっけ。
彼女たちの理由も低血圧だったのは、わかりません。
大幅な遅れではなく5分とか、10分とか、そんな程度。
そういう子たちの多くは今日は寝坊しちゃってじゃなくて、毎日のように遅刻する。
駅から学校まで毎日猛ダッシュ。
そのドキドキ、無駄じゃない?
他のことにドキドキを取っておきたくない?
と、いつも思っていました。

大学生の頃にも、毎朝のように遅刻する生徒がいました。
キャンパスはド田舎にあり、駅からスクールバスに乗るのですが、本数が限られているので、乗り遅れると次のバスは30分後になり完全にアウト。
間に合わないと判断した生徒は、2つ手前の駅で降り、そこからタクシーという手段を取ります。
これだと授業に間に合う。
この駅前は閑散としていたそうですが、ロータリーにはタクシーがずらっと並んでいたと言います。
スクールバスに乗り遅れた学生目当てに。
学生たちは全然顔見知りじゃなくても、順番に4人ずつ相乗りをしたそうです。
4人で乗れば、4分の1の料金で済みますからね。
その料金、無駄じゃない?
そのお金でたい焼き食べたくない?
と、いつも思っていました。

フリーランスのライターになったばかりの頃、友人から「目覚まし時計って使うの?」と聞かれたことがあります。
聞かれた私はびっくり。
「使うでしょ、フツー。じゃなけりゃ、起きられないでしょ」と私が言うと、「へぇ」とやや不満そう。
せっかく時間に縛られないフリーランスになったのに、目覚まし時計の音で起こされるって、なんか残念だなと思って・・・と友人は言いました。

そんな映画でも観たのでしょうか?
目覚めた時にベッドから出て朝食を作り、ゆっくり味わって食べる。
花に水を遣った後はコーヒーを淹れる。
窓から青空を眺めながらコーヒーを味わい、さぁ、そろそろ仕事に取り掛かろうかしら。
なんてシーン、観ましたかね。

現実は全然違う。
時間に縛られないフリーランスなんていうのは、おとぎ話です。
世の中には締め切りというものがありますので、会社員と同じように時間を意識して動いています。
締め切りに間に合わなければ、そこからの仕事は二度と来ないので、食べていけなくなるとの恐怖感は会社員よりも強いかも。

午前中にあの原稿を仕上げて、午後にはあの下調べをしておかないと。
明日は一日取材で外だから、あの原稿の下書きは終えておかないと。
と、目覚まし時計を止めた瞬間に、頭の中で今日の予定を確認する・・・これが真っ当なフリーランスなのです。

だから私はずっと目覚まし時計を2個、セットしています。
フリーランスは時間に縛られない?
とんでもない。
時間を否が応でも意識しながら働いています。

薬を

  • 2020年06月11日

頭痛に襲われる時があります。
以前よりその回数は減ったものの〇にはなっていないので、時折頭痛薬にお世話になります。
普段ならそれで問題はない。

ところが。
今日は飲みたくないという日がある。
例えば胃カメラ検査を受ける日とか、病院で血液検査を受ける日とか。
今日飲んじゃマズいでしょ、という日があるのに、そんな日に限って頭が痛くなったりする。
昨日痛くなってろよと思う。

痛みが酷くて我慢出来ない時には、常用している頭痛薬を飲みます。
そして病院で「これを飲んでしまいました」と話し、その日の検査に影響がないかをドクターに相談することに。
検査を別の日にするはめになったのは1度だけで済んでいますが、検査が近付くと、またタイミング悪く頭が痛くなるんじゃないかと不安に。
そうした心配も頭痛の原因だったりして。

薬といえば・・・以前初めて行った病院で処方箋を渡されました。
そこから1番近い薬局を教えて貰いそちらへ。
処方箋を渡して薬の用意が出来るのを待ちました。
しばらくして名前を呼ばれたので、白衣姿の女性薬剤師の前へ。
その人がカウンターに薬を並べ始めます。
そして手元の資料を確認しながら、私に薬の説明を始めたのですが・・・。
「咳が出るんですか?」と聞いてくるので「はい」と答えると、薬剤師は薬をじっと見つめる。
「それでこの薬を出すんですよね、あの先生は」と小声で言う。
不満そうな顔で。
なにそれー。
明らかに医師の処方が気に入らないご様子。
それをまた私に言っちゃう?
小さくため息を吐いてから「〇〇は1日3回、食後に飲んでください」と説明を再開。
ちょっと待ってくれ。
今、なにかを諦めましたか?

動揺する私を気にすることはなく説明を進めると、薬をレジ袋に入れ始める。
私は急いで「薬の吸入の仕方を教わるようにドクターから言われたのですが」と言う。
「あぁ、そうですか」と薬剤師は手を止めてから、ちょっと変わった形の容器を持ち上げました。
「この薬ねぇ」と呟く薬剤師はやっぱり不満そう。
私の胸は不安でいっぱいに。
それから薬剤師はやや投げ遣りといった様子で、薬の吸入方法の説明を始めました。

結局、医師の処方箋通りの薬を貰い、その指示通りに薬を飲み切りましたが完治せず、別の病院へ行くことになりました。

医師の処方が間違っていたのでしょうか。
それを薬剤師はわかっていたけれど、職分が違うからとなにも言わなかったのでしょうか。
態度でははっきりと表していたけれど。

薬局であんなに不安になったのは初めてでした。

鼻声に

  • 2020年06月08日

突然鼻声になる。
風邪を引いたのだろうと考えて市販の風邪薬を飲むも、鼻声は改善せず。
「喉の腫れや痛みに」と謳った市販薬に変更しました。
するとほんの少しだけ改善しているような気がするものの、その遅い歩みに満足出来ない。

去年、声が嗄れた後で咳喘息になった経験があったので、病院に行っておいた方がいいだろうと判断。
近所の耳鼻科へ。
ドクターの診断は副鼻腔炎。
鼻の奥が炎症を起こして出血していると言います。
実は半年前にもそこの病院で診察を受けて、同じように副鼻腔炎だと言われた経験が。
それからの半年もの間、ほぼ毎日床掃除をし、1日3回吸入器で鼻と喉を湿らせるという私からしたら、しちメンドー臭い行為をしていたにも関わらずの再発でがっかりです。

「ちょっと頻繁になり過ぎですよね」と私が言うと、「体力が落ちているからですね」とドクター。
それねぇ。
運動と食事と睡眠に気を付けてくださいと言われて、半年前と同じ薬を処方されました。

そこの病院では薬を処方するだけで、他の治療についての提案はしてきませんが、ネットなどで調べると様々なものがある模様。
でもなんとも恐ろしいものが多い。
例えば炎症を起こしている患部に、直接なにかを塗りたくる方法があって、これは激痛を伴うらしい。
手術で患部を焼き切るといったものもあるようです。
でも再発することもあるそうで、そんな手術まで受けて再発したら大暴れしてしまいそう。

もっと穏やかな方法もネットにはありました。
副鼻腔炎を患う人に特化した鍼のお店を発見。
そんなお店が成立するのは、それだけ悩んでいる人が多いのでしょうか。
漢方薬で治すと謳ったお店もありました。

まずはそうした穏やかな方法から、トライしていこうかと考えています。

鼻と喉が弱いのは高校生ぐらいの時から。
当時は症状が酷くなった時には、市販の風邪薬などを飲めば数日で治っていました。
それがどんどん治りにくくなって、最近では違う病気に繋がってしまうように。
ドクターが言うように体力が落ちているのでしょう。
その原因の1つは加齢ってやつでしょうね、恐らく。
年を重ねるにつれて体力はどんどん落ちる。
このことをしっかりと受け止めた上で、年齢に合わせた対応策を練る必要があるのでしょう。

自分の年齢を向き合うのは簡単なようでいて、結構難しいもの。
これまでは大丈夫だったからと過信をせず、今年は無理かもしれないと思うところから、スタートするようにしなくては。
と、自分に言い聞かせながら、大量の処方薬を飲む今日この頃です。

着物を

  • 2020年06月04日

着物を売りたい。
クローゼットの中に着物を収納している桐製のケースがあるのですが、それが邪魔。
着物、全然着ないし。
そんな時にチラシが郵便受けに入っていました。
出張買取致します。高価買取保証。
と、書いてある。
わざわざ来ていただくほどの着物じゃないんだなぁ、残念ながら。
ネットで安いのを買い、仕立てて貰ったもので、専門家に見ていただくほどの代物じゃあない。

一度も着ないまま、クローゼットの肥やしになっていたもの。
しつけ糸がまだ付いている状態。
なんで着ない着物を買ったのさって話なんですが、突然、日本人として着物を着ないのは、勿体ないことではないのかと思ってしまったのです。

そして妄想がスタート。
友人との待ち合わせ場所に着物で行って、「あら」なんて言われて、「今日は着物の気分だったので」と、さらっと言っちまうような女になろうと決めたのです。

そこでざっとネットで勉強して、必要最低限の小物と安い着物、帯、草履などを買い揃え、収納ケースもゲット。
ところが。
着物を着るにはいくつもの難関が。
まず着付けが難しい。
もっと簡単に着られるようになるものかと思っていたら、これが滅法難しくって、一人じゃ着られやしない。
そうなると誰かに着付けて貰うしかない。
自宅に出張してきて貰うか、私自身がどこかに着物を持ち込んで、そこで着付けて貰うしかない。
お金と時間が掛かるなぁ、どうすっかなぁと呟きながら、着付け関連のサイトを見ていると・・・半襟はご自分で付けておいてくださいとの文章を発見。
半襟は自分で?
着物は着る度に半襟を長襦袢に縫い付ける必要があるのですが、それはてめえでやれと書いてある。
オーマイゴッド。

針仕事がなにより苦手な私にとって、自分で縫い付けなくてはいけないというハードルは、エベレスト並みに高い。
必死で半襟付けもやってあげますよという、親切な着付け店を探すも皆無。
しゅるしゅると着物を着たいとの思いが小さくなっていく音が。

このようにしてこの段階で挫折したので、未使用の数着の着物と帯と、最低限の小物がクローゼットの中に居座る状態に。
はてさて、どうしたものか。

個人売買が出来るアプリなどを使って、売るのがいいようにも思いますが、それだと一つひとつ写真を撮って、説明文をつけなくてはいけない。
大抵質問なんかがくるので、それに返信もしなくてはいけない。
メンドー臭いなぁと思ってしまう。
結局放置し、また数年後にどうすっかなぁと思う。
この繰り返し。
日本人として着物を着ないのは勿体ないなどと思い付いた自分を、呪いたい気分です。

ブログ内検索

  • アーカイブ


  • Copyright© 2011-2024 Nozomi Katsura All rights reserved. No reproduction and republication without written permission.

    error: Content is protected !!
    Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.