お握り専門店

  • 2021年02月11日

昔、ある街を歩いていた時のこと。
目が留まったのは白い暖簾。
中の灯りがガラスドア越しに零れている。
お店っぽい。
でもなんのお店なのかがわからない。
暖簾にもドアの周囲にも、屋号らしきものはない。
小さなショーウインドウがあり、そこには紙の短冊が並んでいます。
それぞれに「梅」「鮭」「昆布」「タラコ」・・・と書いてある。
で、それだけ。
このヒントだけかよ。
と、不満に思いながらその店を通り過ぎました。

後日、知人とその店の前を歩いた時「ここって、なんのお店なんですか?」と聞いてみました。
すると「お握り屋さんだよ」という。
おお。
そんな気がしなくもなかったのですが、だったらフツーはもっと、お握りを前面に出してくるもんだろうから、違うのかもしれないと深読みしてしまっていました。

「なんか、特別なお握りなんですか?」と尋ねると、知人は「特別っていうか、フツーのよりかなり大きいから、1個でお腹がはち切れそうになるね。美味しいよ。お店で食べることも出来るし、持ち帰りも出来る。値段は1個が、コンビニのお握りの2個分ぐらいだけど、ご飯の量も2倍くらいだから、すっごく高いって訳じゃないよ」と教えてくれました。

そこでその1週間後に、そのお店に入ってみました。
70代ぐらいの女性がゆっくりとした口調で「いらっしゃいませ」と言い、お茶を淹れ始めます。
店内で食べると思われてしまったと判断した私は、急いで「持ち帰りなんです」と声を掛けました。
ですが女性は「はいはい」と返事をしたものの、お茶を淹れる手を止めない。
私がどうしたもんかと立ち尽くしていると、女性は「どうぞお掛けになってくださいな」と言ってくる。
この人は持ち帰りだという私の発言を、聞き逃したのでは?
もう一度言った方がいいだろうか?
しつこい客だと思われるだろうか?
などと悶々としながらも、一番近くの椅子に着席。
やがて女性が私の前に湯呑みを置きました。
そして「なににしましょう」と聞いてくる。
「鮭をお願いします。1個なんですけど、いいですか?」と私が言うと、「はいはい」と女性は返事をして、ゆっくりと店の奥へ歩き進む。
そして厨房があるらしい奥に向かって「鮭一つ」と声を掛けました。
すると奥から「はい」と答えが返ってくる。
それは年配らしき男性の声でした。
もしかして夫婦でやっている店なのかも。

私はお握りが出来上がるのを、お茶を飲みながら待ちました。
でもなかなかお握りはやってこない。
スマホなんてない時代だったので、暇を潰せるものがない。
店内をぼんやりと眺め続けるだけ。
店内は清潔感があり寿司店のような雰囲気。
木を使った内装で、壁には押し花をあしらった色紙が一枚、壁に飾ってあるだけのシンプルな佇まいでした。

と、眺めるのも飽きてくる。
待てども待てどもお握りはやってこない。
どこで時間が掛かっているのか?
鮭の注文がいけなかったのでしょうか。
まだ時間が掛かるようなら、他の具にしても構わないんだけど・・・などと思ったりする。
テイクアウトであってもお茶を出す気満々だった理由は、これだったんでしょうかね。

結局15分近く待たされて、やっとお握り1個を手に入れました。
で、味はどうだったかというと、すんごく美味しかったんです。
ご飯も美味しいし、塩加減も丁度良くて、具の鮭も「熱っ」と言いそうになるぐらい出来たてで、最高のお握りでした。
待った甲斐のあるお握りでした。

あのお店は今、どうしているでしょうか。
コロナ過で飲食店が苦労している話を聞く度に、あのお握り店を思い出します。
大変だとは思いますが、あの最高のお握りを作り続けて欲しいと願っています。
世界中の営業の中止を余儀なくされた飲食店が、コロナが終息した後で、商売を再開出来ますように。

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