10年前のあの日

  • 2021年03月11日

10年前のあの日、あなたはどこで、なにをしていましたか?

私は自宅で執筆中でした。
大きな揺れに驚きました。
食器や花瓶などが倒れる音が部屋に響き、恐怖でいっぱいに。
あぁ、この世が終わる。
こんな終わり方は嫌だ。
そう、思いました。
腰が抜けて立ち上がることが出来ない状態であったにも関わらず、原稿の入ったUSBメモリーをポケットに入れたのは、どうしてだったのか、今でも不思議です。
これだけは死守せねばと思ったのでしょうか。

あれから10年。
なにが変わったか・・・水や非常食などを用意しておくようになりました。
また自宅近くの避難場所を記した地図を、非常袋の中に入れておくようになりました。

あの時、自然のパワーと恐ろしさを目の当たりにして、人間の小ささも痛感しました。
自然に対しては謙虚に用心深く、接しなくてはいけないのだと思い知りました。

原発で電気を作るには大きなリスクがあるのだと、気付くきっかけとなりました。
低コストだとか、二酸化炭素を排出しないだとか、そういう利点は、安全な状態で稼働している場合にはという条件付きのものだったと知りました。
大きな自然災害を被れば、利点なんぞ吹き飛びます。
それまで上手に隠されていたデメリットの大きさに、呆然とするしかありませんでした。

あの時、なにが出来たのか。
なにが出来なかったのか。
今からでも出来ることはなんなのか。
そうしたことを考え続け、行動していけるようになりたいと思います。

それまでも私にとって書くことは、生きることでした。
そんな私が10年前の震災の時、しばらく書くことが出来なくなりました。
それだけショックが大きかったのです。
でも時が過ぎていくうちに、むくむくと書きたいという思いが胸に溢れてきました。
時間を重ねたことで、今だからこそ書ける小説があるはずだと、気持ちを切り替えられるようになったのです。
それから10年経った今。
書くことは生きること・・・これは変わっていません。
これからも書き続けるでしょう。

皆さんの10年はどんなでしたか?

往診

  • 2021年03月08日

往診サービスを提供している会社があると、新聞記事で知りました。
これは助かるぞと思い、ネットで調べてみたら・・・こういうサービスをしている団体は結構あるようです。

夜間や休日などフツーの病院がやっていない時間帯に、電話で申し込むと、医師を手配してくれるのです。
そして医師が自宅まで来てくれるという。

これ、助かります。
夜に急に具合が悪くなった時、明日病院が開くまで我慢出来るだろうか、いや我慢していいのか? なんて不安になります。
迷っている場合じゃなかったりするのでは?
でも救急車を呼ぶってほどではない気もする。
なんて、具合が悪い時に悶々としたくない。

そんな時に医師に診断して貰えるなら安心ですし、無駄に救急車を頼まずに済むってもんです。

そしてこのサービスの最大のポイントは、玄関先で診て貰えるという点。
やって来た医師を、寝室に入れなくてもいいのです。
勿論、寝室での診察を希望する場合は別ですが、そうでない場合は、玄関先で医師が診てくれるとのこと。
これ、いいですね。
具合が悪くて往診を依頼したのに、医師に見られたら恥ずかしいからと、散らかっている部屋の片づけを始める・・・なんて必要がないのです。
よく出来たサービスです。

勿論、昼間病院で診察を受ける場合と比べれば、お金が掛かります。
午後10時までだと7,500円ぐらい、それ以降だと12,000円ぐらいのところが多いようです。
午後10時で料金が変わるところが多いのは何故なのか・・・わかりません。
この他に交通費が掛かります。

車で医師は来ますが、自宅近くに駐車場がなくても平気なんだとか。
ドライバーが車で待機しているからだそうです。
細部にまで心配りがされているのが凄い。

会社によって往診可能エリアが違うようです。
自宅に来てくれる往診サービスがあるかどうかを調べておき、その連絡先をメモっておいてはいかがでしょうか。

まな板が

  • 2021年03月04日

今使っているまな板はをいつ買ったのか?
まったく覚えていません。
恐らく20年以上になると思います。

白くて1センチほどの厚みがあり、かなり重たい。
両面使えるまな板の素材はプラスチックっぽいです。

まな板は自動食器洗浄機の籠の端に、使った方の面を中央に向けて、立てかけるようにして入れて洗います。
そのうちにまな板は反ってきます。
ちょっとずつ反っていき、自動食器洗浄機の籠の隙間に、まな板がはまり難くなっていきます。
そこでこれまで使っていた面ではなく、反対の面で食材をカット。
自動食器洗浄機に入れる際も、それまでとは反対側を中央に向けて立てかけます。
そのうちに少しずつまな板の反りが解消されていきます。
そしてそれまでとは反対の面に方に反りが生まれる。
また自動食器洗浄機の籠に、入らなくなるぐらい反ってきたら、それまでとは反対の面を使うように変更します。
これは大体3ヵ月に1度程度行っています。

もしかして、もしかすると、このまな板は自動食器洗浄機に入れては、いけないものなのかもしれない。
そう何度も思いました。
が、買った時の説明書なんぞは、すでにどこかにいってしまっているので、確かめようがありません。
都合が悪い時には事実から目を逸らす。
この方針でこれまで生きてきました。
だからまな板についても、この方針で通します。
世の中、完璧ではありません。
まな板が反るぐらい世の中の不条理に比べたら、どうってことありません。

新聞を見ていたら・・・最近のまな板についての紹介記事がありました。
なんと、丸めることが出来るまな板があるんだとか。
なんで丸める必要があるのかといえば、煮沸消毒するため。
丸めれば鍋に入れることが出来るので、煮沸消毒が可能になるのです。
更にそのまな板はレンジでチンして、除菌も出来るとのこと。
びっくり仰天です。
まな板は私の知らない間に進化を遂げていました。

欲しい。
値段は3千5百円を切るぐらい。
それほど勇気を出さなくても買える金額です。
でも。
20年以上連れ添ってきたまな板への愛着が、購買意欲にストップを掛けてくる。
ということで、ここ数日迷っています。
そうこうするうちに、まな板への興味が薄れてしまうことを、私自身も望んでいたりします。
人の気持ちって不可解。

調理実習

  • 2021年03月01日

中学・高校の調理実習がコロナの影響で、すっかり様変わりしているそうです。
私語は禁止。
皆で分担していくつかのメニューを作るのではなく、生徒一人ひとりが、1つのメニューに挑戦するスタイルになっているんだとか。
複数で使い回さないようにするために、調理器具は生徒ごとに用意されているらしい。
この話を聞いて、なんだか可哀想だと思いました。

「なにそれー」「洗い物はジャンケンだよ」「油、跳ねるの怖いしー」「ねぇ、切るの、遅くない?」・・・などとわいわい騒ぎながらするのが、調理実習の楽しいところだったのに。
そうしたことが許されず、黙々と一人で決められた料理を作るなんて。
楽しいどころか、寂しい感じさえしてしまいます。

あれは確か高校生の頃。
調理実習をするため調理室に移動しました。
教壇に立った家庭科の先生が話し始めます。
「今日はビーフシチューを作る予定でしたが、値段が上がっていて、予算をオーバーしてしまうため豚肉を使います」
そう先生が言った途端、教室の空気が変わりました。
ざわめきが起こり、それはどんどん大きくなっていきます。
「それって詐欺じゃん」「先週の授業で言っておくべきじゃない?」「酷いよね」
なんて言葉が生徒たちから発せられます。

それまで自分が通う学校を、のどかな女子高だと思っていたのですが、その時は明らかに様子が違っていました。
暴動が起こるんじゃないのか?
本気でそんなことを考えるほど、生徒たちの怒りが熱をもっていく。

こうした異様な空気を察したベテラン教師は「皆さんがそんなにビーフシチューを楽しみにしていたとは思わなかったわ」と呟いた後で、「ごめんなさいね」と謝っていました。

私もそこまで皆が牛肉にこだわるのが意外でした。
我が家では安い牛肉しか食べていなかったせいか、豚肉の方が柔らかくて、美味しいぐらいに思っていたので、暴動が起こりそうになるほどの、重大な変更事だとは受け止めていませんでした。

結局暴動は起こらず、生徒たちはポークシチューを皆で作って食べました。
それからは調理実習の前に配られるプリントの材料欄に「予定」という文字が、加わるようになっていましたっけ。
先生も暴動は起こさせたくはなかったのでしょう。

この一件は例外ですが、調理実習は概ね楽しい授業でした。
従来の皆でワイワイ言いながらの調理実習が再開できる日が、一刻も早くきますように。

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