私の足は

  • 2016年01月18日

冬の服には温かさが必要になるので、生地が厚くなります。
そうなると、全身がもこもこ状態。
バランス的に、足元にもトップスに負けないぐらいのボリュームがあった方がいい。
で、ブーツを合わせたりすると、バランスだけでなく防寒という点でもグッドでございます。

昨シーズンからブーティーを探していました。
私が靴店で働いている頃には、こうした呼び名は付いていませんでしたが、最近の辞書には載っています。
すっかり定着したんですね、この呼び方。
くるぶしが出るぐらいの丈のブーツです。
辞書にはアンクルブーツよりさらに丈の短いものをいうと、丁寧な解説が載っていました。

が、なかなかこれだっというのに巡り会えず、シーズン終了。
で、今シーズンこそは買うぞと鼻息を荒くして探したところ・・・見つけました。
ここ最近利用している、靴のネットショップです。
kutubako
数日後ブーティーが到着。
欲しいと思ってから季節は巡り、1年が経過していましたから、梱包を開ける時にはラララランと奇妙な鼻歌が出るほどのハイテンション。
「これこれ、これよ」と呟きながらフローリングに新聞紙を敷き、そこにブーティーを。
で、足を入れてみると・・・足が入らない。
ブーティーをひっくり返し、サイズを確認。
合っている。
念のため靴箱もチェックし、サイズを確認。
合っている。
再び足を入れてみると・・・甲が邪魔をして足が前に進まず、入らない。
根性が足りないのか?
と、メンタルなことが理由ではないかと考え、ふんっと思いっきり力を入れて足をブーティーの中に押し込めようとしてみますが、まったく歯が立たない。
どこかにファスナーがあって、それを開けていないからなんてオチではなかろうかと、ぐるんぐるんブーティーを回して探しましたが、そんなものは見つからず。
靴のネットショップのサイトにアクセスし、そのブーティーのページを開いてみます。
商品についての説明書きを改めて読んでみましたが、種や仕掛けがあるとは書いてない。
甲が薄めの人向けだとか、甲が高い人は止めといた方がいいといった注意書きもない。
ページの下部には、ショップスタッフのコーディネート写真が掲載されています。
ショップスタッフたちはフツーにそのブーティーを履いて微笑んでいる。
無理して足を入れましたといったぎこちなさは見受けられない。
自然な笑みを浮かべています。
日が悪いのかもしれない。
と思い付き、その日はそれ以上考えるのを止めました。
で、翌日トライしてみると・・・履けるようになっているわけがない。
ようやくのことで、私の甲は高いという事実を受け入れました。
とても素敵なブーティーを返品することに。
返品する際に同封しなくてはいけない用紙には「どうやら私の甲は異常に高かったようです」と理由とも反省ともつかない言葉を書きました。
ちょっと哀しかったです。

箱根駅伝

  • 2016年01月14日

今年の箱根駅伝も盛り上がったようですね。
私はずっと執筆をしていたので、結果をテレビのニュース番組で聞いただけでしたが、きっとたくさんのドラマがあったことでしょう。
スポーツ競技の中でも特に箱根駅伝はドラマチックで、うっかりしてると泣いてしまいます。
まず、選手たちの年が若いとうこと。
青春真っ只中の人というのは、それだけで輝いて見えます。
しかも選手の力にでこぼこがあるのがいい。
出走できるというだけで充分実力のある選手たちなのですが、個々の差は大きい。
だからこそ、ドキドキでハラハラになる。
この箱根駅伝に魅了され、小説にしたことがあります。
「Run! Run! Run!」というタイトルで、文庫と電子書籍版になっていますので、興味をもたれた方はそちらをご一読ください。
ekidenn
箱根駅伝のように20キロほど走って次の選手に交代し、順位を競うというスポーツは海外にもあるのでしょうか。
100メートルや400メートルの国別リレーは、オリンピックでもとっても盛り上がる競技の1つ。
ならば、様々な距離のリレーがあってもいいように思うのですが、どうしてオリンピック競技ではないのでしょう。
選手が次の選手に繋げる。
チームの勝利のためにと思った途端、自分の試合では出せない力を出せたり、逆にプレッシャーを感じたり・・・人間らしくっていいですよね。
駅伝スタイルの競技は、世界で受け入れられるように思うのですが。
世界進出したとして、20キロ程度の距離だとすると、バトンを持ってでは走りにくいでしょうから、なにを繋いでいくかといったらやはり襷でしょうか。
ここはできればハイテクなものにはして欲しくないんですよね。
センサーを腕に取り付けておいて、次の選手のセンサーと・・・なんていうのは勘弁して欲しい。
こういう時ははっきりとした、モノであって欲しい。
そのモノを渡すという行為が、思いを託すという象徴でもあるので、最先端技術とかはいらない。
と考えると、やはり箱根駅伝の襷というのは、どなたが考え出したアイテムなのかわかりませんが、非常に素晴らしい。
走行時に邪魔にならず身に付けられ、それを次の選手に渡すのにもちょうどいいサイズ。
小さすぎて、あれっ、どこいっちゃった? なんてことにもならないですしね。

手が足りない時

  • 2016年01月11日

手が足りない時どうしますか?
こういった表現をすると、この「手」は色々な意味に取れてしまいますが、ここでは肉体的に手が1つ分足りない時です。

具体例をあげると・・・ちょっと高い位置にあるブラインドの掃除をしようとします。
椅子にのらないと羽根を調整する紐に手が届かないぐらい、高い位置にあります。
卓上用のワイパーを左手に持ち、椅子に上る。
で、羽根を調整する紐に右手を伸ばす。
と、ここで手が1つ足りない。
紐は両手じゃないと動かせないのに、左手にはワイパーがある。
ならばワイパーは持たずにまず椅子に上り、両手で紐を調整して羽根を閉じてから椅子を下り、ワイパーを手に再び椅子に上り、ワイパーの先にあるふわふわのシートを羽根にあて埃を取るというのが王道でしょうか。
哀しいかな、ブラインドには両面があるので、この一連の作業を終えたら再び椅子を下りワイパーを床に置き、三度椅子に上り紐を引っ張って羽根を裏返し、椅子を下り、ワイパーを手に椅子に上って埃を取らなくてはいけない。
burainndo
そこで物ぐさな私はどうするか。
最初っからワイパーを左手に持って椅子に上り、やおらそれを股の間に挟む。
でもって空いた両手で紐を調整し羽根を閉じると、股に挟んでいたワイパーを摑み、ふふわのシートをブラインドにあてる。
片面が終わったら、再びワイパーを股の間に一時保管し、両手で紐を調整して羽根を裏返す。
こちらの面の埃取りも終えたら、満足して椅子から下りる。
と、股の間を活用することで、1度も椅子から下りることなく作業を完了。

最初の頃には恥ずかしさというものがありました。
やだわぁ、人に見せられない格好だわといった恥じらいが。
が、人というのは慣れてしまい、鈍感になるものです。
つい、こうした行為が出てしまうことがある。

友人と温泉旅館に行った時のこと。
露天風呂から部屋へ戻る途中、自動販売機で飲み物を買おうとした時、両手が塞がっていました。
左手には着替えた服が入った袋が、右手には化粧品などが入ったポーチがあったのです。
周囲には荷物を置く場所はなく、外でもあり、地面に置くには抵抗感がある。
そこで一方の荷物を股の間に。
空いた手を使ってポーチから小銭を取り出そうとしていると、隣にいた友人から「挟むな、挟むな」とツッコミが。
「えっ、じゃあどうしたらいいの?」と質問すると、「財布を出したいので、ちょっと持っててくれる、でしょ」との回答が。
その手があったか。
とダジャレてる場合じゃない。
いつの間にか股の間に挟んで一時保管するという行為が、フツーのことになっていたようです。
気を付けなければと、心に誓ったのでありました。

ハマって

  • 2016年01月07日

なにかのきっかけでハマる。
そんな経験はありませんか?
結局は夢中になっていた当時を振り返り、なににそんなに躍起になっていたのかと首を傾げることになるのですが、その時はただひたすら突き進んでしまうのです。

私の場合は収集ではなく、食べ物でよくハマります。
「ん、うまい」と感じると大量買いし、そのシリーズのすべての味にトライするなど、とにかく制覇しようとしてしまう。

柿ゼリーにハマっていた時は、日持ちがすることもあり、カーソルの最大値であった30袋を購入し、朝昼晩と食べていました。

そしてカルビキムチ炒飯にもハマりました。
こちらです。
P1000794
冷凍食品で、レンジでもフライパンでも調理できると裏面に書いてあります。
が、面倒臭がりの私は当然レンジを選択。
大き目の皿に薄く広げてレンジで温めると、パラパラな炒飯が完成。
そもそも私は辛いものが苦手なので、なんでこれを買ったのか記憶がありません。
たまたま冷凍食品を探していて、なんとなくクリックしたんでしょう。
で、料理をする時間がなく簡単に済ませたい時、冷凍庫から取り出して食べてみたら・・・美味しかった。
食べている時は「辛いなぁ」といった感覚ばかり。
「辛い辛い」と呟きながら大量の水を摂取。
びっくりしている舌を宥めるには水しかないもんで。
で、食べ終えた時は「もういいわ。もうこれで最後。こんな辛いのもう食べない」と思うのです。
が、次にネットスーパーで買い物をする段になると、どうもカルビキムチ炒飯が気になってしょうがない。
それほど高いものではなし、1つ買っておいてもいいかといった気持ちになってしまうのです。
柿ゼリーのように、大量買いしようとは思わない。
ただ、冷凍庫に1つ常備しておいてもいいんじゃないだろうかと考えてしまう。
なんなんでしょうね、これ。
嫌いであれば買おうとは思わないでしょうから、好きなのかも・・・。
でも、食べ終えた時にはいつも「もう2度と買わない」と強く思うのですが。
人の心って謎めいていますね。


Copyright© 2011-2025 Nozomi Katsura All rights reserved. No reproduction and republication without written permission.

error: Content is protected !!
Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.