弁当店

  • 2022年12月15日

30年以上前、靴店で働いていた頃のこと。
店はショッピングエリアが広がる街にありました。
だから買い物客相手のレストランやカフェは、たくさんありました。
でも残念ながら、その街で働く人向けの飲食店はありませんでした。
当時はコンビニもなく、働いている人たちは自宅から弁当を持参するか、買い物客のように高額なランチを食べるしかありませんでした。

ある日、同じ店で働くスタッフが「いい弁当店を見つけた」と言いました。
安くてボリュームがあって旨いというので、早速行ってみることに。

その店は駅ビルの地下にあるといいます。
場所は一等地でありながら、その駅ビルは寂れていました。
物凄く古くて足を踏み入れたら、出て来られなくなるのではと不安になるような、不穏な気配を醸し出していました。

昔からそこで商いをしていると思しき小さな店が多く、ストッキングだけを売っている店や、パジャマだけを売っている店など、かなり個性的なラインナップ。

壊れかけた階段を恐る恐る下りて、弁当店があるという地下へ。
天井の古い電灯がチカチカしていて、ドラマだったら、これ以上先に進んだら絶対ダメなやつです。
戻りたくなる気持ちを抑えて足を前に進めたら、行列を発見。
探していた弁当店には行列が出来ていました。

小さな店にはカウンターがあり、その背後の厨房は丸見え状態。
夫婦らしき男女が弁当をここで作り、売っている感じ。
弁当の種類は2つか、3つ程度。
どれも380円でした。
なぜこれほどはっきりと値段を覚えているかというと「レジ横に小銭が不足しています。なるべく釣銭がないようにお願いします」と書かれた紙が貼ってあったから。

食べてみたら、美味しくてボリューム満点で大満足。
なんといってもこの安さが気に入りました。
そしてほぼ毎日通うようになりました。

客たちは皆、協力的でした。
おじちゃんとおばちゃんが、一生懸命安い弁当を作っているというのを、理解していたからでしょう。
皆、釣銭がないようにお金を払うようにしていて、私もそう努めていました。
暑い日には汗だくで働く2人に、冷たい飲み物を差し入れする客や、頑張ってと客の方が声を掛ける姿をしばしば見かけました。
皆に愛されている弁当店でした。

先日、用事があって久しぶりにこの街を訪れました。
駅ビルが建て替えられていて、すっかり綺麗になっていてびっくり。
その時、あの弁当店はどうしただろうと思い出して、地下に行ってみました。

ありました。
以前と同じ場所に。
すっかり綺麗になった店の前には行列が。
弁当は2種類だけでどちらも410円。
30年以上経っていて物価は上がっているのに、弁当の値段が30円しか上がっていないって、凄いことです。

そして夫婦らしき男女が店を切り盛りしていました。
あの時の? 
いやいや、30年という年月を考えたらそんな訳ないですね。
もしかすると、あのおじちゃんとおばちゃんのお子さんたちでしょうかね。

なんだか懐かしく、また嬉しくなりました。
この街で働く人たちの胃袋を満足させ、財布にも優しい店が、これからも愛されてずっと繁盛しますように。

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人情味のある女主人と、その息子と交流を深めていきます。
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